ブラジル

ブラジル:サンパウロ

大浦 智子(おおうら ともこ)

職業…フリーランス
居住都市…ブラジル国サンパウロ市

前の月へ

2022.1

次の月へ
S M T W T F S
      1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31      

ガラン・ジャロールさんと子どもたち(2020年1月撮影)

ガラン・ジャロールさんと子どもたち(2020年1月撮影)

 「腎臓を売って、生活費と、そして壊れた義足の治療費に当てるしかない」

 今、ドイツのミュンヘン近郊のバイルハイム市で起こっているガラン・ジャロールさん(37歳)の現実です。

 ガランさんはシリアのアレッポ出身。アレッポでは両親と7人の兄弟姉妹の家庭で穏やかに暮らし、結婚後も15人の従業員を雇う美容室を経営し、ご主人もアレッポでよく知られたアラブ菓子店を経営していました。

 激化したシリア戦争中の2015年、ご主人は爆撃で亡くなり、彼女も爆撃を受けて片足に重傷を負いました。トルコの病院で一時治療を受けた後、妊娠中の身で、13歳、12歳、10歳の子どもたちと一緒にドイツまで避難し、ミュンヘンの難民キャンプで2年ほど過ごしました。そこで、悪化した片足を切断し、義足にする手術を受け、双子の子供も出産。一人は死産でした。


ドイツのバイルハイム市内(2020年1月撮影)

ドイツのバイルハイム市内(2020年1月撮影)

 EU加盟国のドイツでも欧州への移民や難民の問題が議論されています。結局、難民への支援金は打ち切られ、ガランさんたちもミュンヘンから空き家のあった人口3万人ほどのバイルハイムに引っ越し、ドイツの一般市民のように自立した生活を送ることが求められました。

 しかし、ガランさんはドイツ語も分からず、乳飲み子がいる状態で勉強もできず、体調は悪化し、1人で外に出歩くこともできなくなりました。

 バイルハイムには難民支援機関があります。そこの担当者のもとに相談に訪れたところ、紙を丸めて顔に投げつけられ、口も聞いてもらえませんでした。以来、同じ町に頼れる友人も相談できる人もいないまま、孤立した生活が続いています。

 子どもたちもドイツの生活になじめず、シリアを出て以来、教育機関で勉強することもできませんでした。長男は18歳になると働き始めましたが、すぐに解雇されました。職探しに訪れた窓口では、
 「難民は出ていけ!」
と露骨に激しい剣幕で差別されました。
 
 ノイローゼ気味になった長男は、母親の目の前で薬を飲んで自殺を図るようになりました。しかし、死ぬことができず、クレジットカードの支払いが滞り、ドイツ政府機関に拘束されることになりました。2人の娘は家を出てしまいました。家に残されたのは一人で外出できないガランさんと4歳の息子だけです。

 それでガランさんの口から出たのが冒頭の言葉です。


コロナ禍のブラジルで難民と移民の支援ボランティアに携わるガランさんの弟アブドゥルバセットさん

コロナ禍のブラジルで難民と移民の支援ボランティアに携わるガランさんの弟アブドゥルバセットさん

 ガランさんの7人兄弟姉妹は全員シリアから避難し、現在、レバノン、カナダ、イラク、そしてブラジルと、世界5カ国に離散しました。どこの国でもコロナ禍と相まって仕事も乏しく、病気や爆撃の怪我の後遺症などに悩み苦しんでいます。

 ガランさんの状況は、SNSのワッツアップで世界各国の兄弟にも共有されており、ブラジルにいる弟のアブドゥルバセットさん(31歳)にも涙の訴えが届いています。しかし、ブラジルから国境を越えて助けることはとても困難な状況です。

 ブラジルで難民と移民を支援するNGOの活動に携わるアブドゥルバセットさんが、サンパウロの邦字新聞の取材を受けたことで、ガランさんの事が伝わり、日本人が、寄付や励ましのメッセージをガランさんたちに届けてくれたこともありました。ガランさんはシリアでは日本人数人の学生と交流していたことがあり、とても親日的でもあります。

 「せめてドイツでドイツ語のサポートをしてくれる人がいるだけでも助かります」
と希望を持ち続けます。


2020年にガランさんが寄付で受け取ったプレゼントのお礼に送り返したメッセージ

2020年にガランさんが寄付で受け取ったプレゼントのお礼に送り返したメッセージ

 難民移民政策に関して、日本ではドイツのポジティブなイメージばかりに光が当たっていますが、様々なケースがあり、一方で今回のように、どん底になっているガランさんたちのような難民を見捨て、放置しているドイツの一地方の町の姿があります。ブラジルは格差社会ですが、身体にハンディのある人がこの様に見捨てられることは考えにくいです。

 2011年3月に始まり未だに終息のきざしが見えないシリア戦争ですが、日本では同時期に東日本大震災が発生したことから、国内の最初の関心や初動が彼女らに向かず、シリアの問題が雲をつかむような印象になっている方も多いと思います。

 しかし、シリア戦争が引き起こした難民の悲劇は今も世界各国で現実に続いています。



レポーター「大浦 智子」の最近の記事

「ブラジル」の他の記事

  • 183 ビュー
  • 0 コメント

0 - Comments

Add your comments

サイト内検索

Name(required)

Mail(will not be published)

Website

Archives