フランス

フランス:パリ

別紙 敦子(べっし あつこ)

氏名=別紙敦子
職業=観光業
居住都市=パリ(フランス)とバルセロナ(スペイン)年間1:2の割合で、行き来しています。

前の月へ

2025.12

次の月へ
S M T W T F S
 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31    

2000年9月シドニーオリンピックの時のサマランチ氏。ADN紙掲載写真より

2000年9月シドニーオリンピックの時のサマランチ氏。ADN紙掲載写真より

 今年の初めは、バンクーバーでオリンピックが有り、各国盛り上がりましたね。
実は4月21日、現在のオリンピックを作り上げたと言っても過言ではない、オリンピックの歴史においての重要人物が死去しました。
1980年から21年間も、国際オリンピック委員会(IOC)の会長を務めた フアン・アントニオ・サラマンチ氏です。

 日本には、長野五輪の際に来日され、閉会の挨拶を日本語で『ありがとう長野、さようなら日本』と言われたことで、印象に残っている人もいるかと思います。


サラマンチ氏の棺が、バルセロナにある自治政府庁に運ばれました

サラマンチ氏の棺が、バルセロナにある自治政府庁に運ばれました

 バルセロナは、21日から22日にかけて、ちょっとした騒ぎでした。
彼はスペイン人で、その上、バルセロナ出身だったからです。
彼に対して批判的な人も多いけれど、何と言っても、70年代のIOCの財政難を救ってくれた人物として、地元住民は誇りに思っているのです。
また、1992年夏季オリンピックを地元バルセロナに引っ張って来てくれた事を、感謝しているのを言うまでもありません。


黒っぽい車ばかりの中、紅一点?白い車がありました。王妃のかも?

黒っぽい車ばかりの中、紅一点?白い車がありました。王妃のかも?

 21日、自治政府庁前は、黒い車がびっしりで、その運転手や報道関係者が待機し、広場は真っ黒に埋め尽くされました。
まだ、その知らせが報道されてない時で、「何事?」と今まで見た事のない広場の様子に驚きました。


22日18時からカテドラルにて葬儀。カテドラル正面入口の様子

22日18時からカテドラルにて葬儀。カテドラル正面入口の様子

 スペイン国王カルロス一世とソフィア王妃もミサの執行に参列しました。
彼の死はスペイン、そしてバルセロナ市民、オリンピック関係者にとって、重大な出来事であったのを感じました。


自治政府庁からカテドラルまで、家族やスポーツ選手…交互に棺を持つ

自治政府庁からカテドラルまで、家族やスポーツ選手…交互に棺を持つ

 
 最近「今度は、冬季オリンピック開催地としてバルセロナを!」と、発言し驚かせたのは、何か所以があったのかしら…?


レポーター「別紙 敦子」の最近の記事

「フランス」の他の記事

  • 2349 ビュー
  • 0 コメント

0 - Comments

Add your comments

サイト内検索

Name(required)

Mail(will not be published)

Website

Archives