ブラジル

ブラジル:サンパウロ

大浦 智子(おおうら ともこ)

職業…フリーランス
居住都市…ブラジル国サンパウロ市

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カフェテリア「カステラ・ド・パウロ」の客席の一つ

カフェテリア「カステラ・ド・パウロ」の客席の一つ

 京都市内にポルトガル人のお菓子職人パウロ・ドゥアルテさんと智子・ドゥアルテさんがオープンしているポルトガル菓子のカフェテリア「カステラ・ド・パウロ」があります。

 ポルトガル出身のパウロさんは、かつてポルトガル人が日本にもたらし、日本文化となって現在の姿になったカステラづくりを日本に学びに来た後、ポルトガルのお菓子に魅せられた妻の智子さんとポルトガルでカステラなどのお菓子店をオープンしていたとのことです。その後、現在のお店は2015年にオープンされています。

 パウロさんご夫妻の同店でのこだわりは「ポルトガル本国の味」です。そして、実際に食べてみると、サンパウロにある人気のポルトガル菓子店で食べたことのある懐かしい味がします。

 実際、ポルトガルの植民地であったブラジルにはポルトガル人移民も多く、サンパウロのポルトガル菓子店でも「ポルトガル本国の味」にこだわっている店にいくつも出会ってきました。


カフェテリア「カステラ・ド・パウロ」のカウンター

カフェテリア「カステラ・ド・パウロ」のカウンター

 ポルトガルのお菓子は、かつてイベリア半島南部を征服していたイスラム王朝の影響もあり、イスラム文化の影響も受けています。かつて砂糖は高級品でしたが、大航海時代の1500年にポルトガル人カブラル一行がブラジルに到着して以降、ブラジルではサトウキビ栽培が始められ、17世紀にはブラジル産の砂糖貿易はポルトガルだけでなくオランダでも繫栄し、より多くの砂糖がヨーロッパに渡り始めました。

 貴重だった砂糖を使ったお菓子作りは、ポルトガルでは最初は修道院のシスターが担っていましたが、時を経て今日のような様々なポルトガル菓子が生まれてきたということです。智子・ドゥアルテさんは、現在まで見られる様々なポルトガル菓子の著書を2冊出版しており、2019年には「ポルトガル菓子図鑑」も発刊されています。


2019年に発刊された「ポルトガル菓子図鑑」

2019年に発刊された「ポルトガル菓子図鑑」

 ポルトガル菓子の発展の陰には、植民地ブラジルで生産される砂糖が欠かせませんでした。ブラジルに16世紀初頭に渡ったポルトガル人は、既にサトウキビが試験的に栽培されていたマデイラ島からの入植者で、サトウキビ栽培が目的であったという史実が残されています。

 パウロさんのポルトガル菓子店にはポルトガルの各地方のお菓子やカステラにつながる様々な「ポン・デ・ロー」と呼ばれるケーキも販売されています。ポン・デ・ローは、ブラジルのポルトガル菓子店やポルトガル系ブラジル人の経営者が多い一般的なパン屋さん、スーパーでも見かけられます。
 
 ポルトガルが誇るポルトガル菓子は「ポルトガル本国の味」のままで、日本でもブラジルでも世界中の誰にでも愛される優しい味わいです。


サンパウロ市内にもあるポルトガルでの老舗のお菓子店「カーザ・マティルデ」のカウンターに並ぶポルトガル菓子

サンパウロ市内にもあるポルトガルでの老舗のお菓子店「カーザ・マティルデ」のカウンターに並ぶポルトガル菓子


サンパウロ市内のポルトガル菓子のカフェテリア

サンパウロ市内のポルトガル菓子のカフェテリア


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