ブラジル

ブラジル:サンパウロ

大浦 智子(おおうら ともこ)

職業…主婦
居住都市…ブラジル国サンパウロ市

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パウ・ブラジルを詠んだ俳句と、2000年に大浦文雄さんの家で取れたパウ・ブラジルの種から苗木が作られた時の写真と植樹された写真。

パウ・ブラジルを詠んだ俳句と、2000年に大浦文雄さんの家で取れたパウ・ブラジルの種から苗木が作られた時の写真と植樹された写真。

「黄金の 花うるわしや パウ・ブラジル」
「五十余年 夢が実った 満花飾」
(二句とも抱地眠・作)

 日本的な感性でブラジルの国の木「パウ・ブラジル」の花を愛でると、上記のような俳句も生まれています。

 今、サンパウロをはじめとするブラジル全土で、日本からもたらされた各種の「桜」の苗木は、成長して満開を迎えるのが珍しくなくなっています。
 それに反して、ブラジルの国の木であり、ブラジルの国名の由来にもなったパウ・ブラジルの木は、立派な大木を見かけることもあまりなければ、花は苗木を植えてから半世紀近く待たなければ咲くことがないため、ブラジルに居ながら、かつて大量に原生していたパウ・ブラジルのお花見ができるというのは希少なものになっています。


パウ・ブラジルの花。葉は軸に交互に付くのが特徴。

パウ・ブラジルの花。葉は軸に交互に付くのが特徴。

 現在、サンパウロ市近郊でも立派なパウ・ブラジルの木を見かけられるのは、ブラジルの植物の研究調査機関であるオルト・フロレスタルや日本人に縁深い東山農場、私邸では大浦文雄さん(88歳)の庭の61年前に植えたパウ・ブラジルです。
 
 パウ・ブラジルの花が木を覆い尽くすくらい満開になるのは、毎年花は咲いても、とても珍しいことです。今年10月に大浦さんの農園で木のてっぺんから地上近くまで満開となったパウ・ブラジルの花を見学させていただき、パウ・ブラジルに関する興味深いお話を伺いました。

 パウ・ブラジルが世界中に知られ始めるのは、ポルトガル人カブラルが1500年にブラジルを発見した時にさかのぼります。カブラル一行が立ち寄ったブラジル東北部(バイーア州、ペルナンブッコ州、パライーバ州、リオ・グランデ・ド・ノルチ州など)には、「イビラ・ピタンガ」とか「パウ・ヴェルメーリョ(赤い木)」と先住民から呼ばれる木が大量に原生していました。後にパウ・ブラジルと呼ばれる木です。

 パウ・ブラジルの「ブラジル」の語源はラテン語のブラーザに由来し、炎や真っ赤な炭火というような意味です。木の芯が真っ赤であったことからポルトガル人がこの木をパウ・ブラジルと呼ぶようになり、パウ・ブラジルが原生する大地ということで、パウを省略してブラジルと呼ばれるようになりました。
 
 カブラル一行の中には、赤い染料を採るためにインドから似たような木をヨーロッパに輸入していることを知る者がいました。当時、ポルトガル王室の支援を受けて航海していたカブラル一行は、王室にお土産を持って帰る必要がありました。早速、この木を2隻の船に積んで持ち帰り王室に披露すると、「これは金のなる木だ!」ということが早々に判明し、以後、植民地時代の幕開けは、根こそぎブラジルに原生していたパウ・ブラジルを伐採するということから始まります。パウ・ブラジルは貿易商やポルトガル王室に巨万の富をもたらしました。

 1870年までは残っていたと記録されるパウ・ブラジルもとうとう底を尽き、本当にごく限られたパウ・ブラジルしか自生しなくなりました。かつてのパウ・ブラジルの大地からは程遠い現状となり、過去100年以上の間、絶滅の危機に瀕してきました。 


パウ・ブラジルのさや

パウ・ブラジルのさや

 パウ・ブラジルが一度根こそぎ伐採されると繁殖が難しくなるのは大きく次のような理由があります。
 
・花が咲くのは苗木を植えてから半世紀近くの時間が必要なこと。
・花は毎年咲くとも限らず、花が咲いてさやが付いても、中に種子がないことも多い。
・種子はさやからはじけたら、すぐにまかなければ発芽しない。
・木の幹に虫が入り込んで木を食いつぶしてしまう。
 
 大浦さんの家でも、1961年に植樹して、50年後に初めて花が咲き始めましたが、これまで種子が取れたのは2000年だけだったそうです。サンパウロでパウ・ブラジルの種子が取れるのは本当に希少なことであり、国の植物研究機関の専門職員がわざわざ訪れ、調査したということです。

 パウ・ブラジルに似た植物は、故・橋本悟郎さん(ブラジルの植物研究で著名)によるとブラジルに9種類ほどあるということです。その中で本物のパウ・ブラジルを見極めるのは難しく、葉のつき方、花の咲き方、幹の状態の他、決定的な要素は「さやにトゲがある」ということです。さやが付くまで、半世紀以上待たなければ、本物のパウ・ブラジルかを見極めることができません。
 そのため、ブラジルの植物研究機関は、さやまで見届けて本物のパウ・ブラジルと認定したパウ・ブラジルには、証明書を発行しています。大浦文雄さんのパウ・ブラジルも、植樹してから50年後に花が咲き、2000年にさやが付いた時に、証明書を発行されています。
 大浦さんのパウ・ブラジルからは2000年に1万粒の種子が取れたということで、全て苗木にして、ブラジル全土に配布されました。
 
 時々、ガーデンセンターや小さな植木屋でパウ・ブラジルの苗木と称したものが販売されていますが、専門家が見れば、一目瞭然で「偽のパウ・ブラジル」ということがあると言われます。


大浦文雄さんのパウ・ブラジルに発行されたブラジルの植物研究機関が本物のパウ・ブラジルと認定した証明書。

大浦文雄さんのパウ・ブラジルに発行されたブラジルの植物研究機関が本物のパウ・ブラジルと認定した証明書。

 絶滅の危機に瀕したパウ・ブラジルをよみがえらせるべく、1972年にはロンドン・デ・シケイラ・フォンテスRoldão de Siqueira Fontesという人がパウ・ブラジル基金を創設し、苗木を作る活動を始めています。その後、1978年12月7日にブラジルの国の木と定められました。
 現在は娘さんがその事業を継承しているということで、ペルナンブッコ州のサン・ロレンソ・デ・マッタで、ブラジル全土に配布するために苗木作りが続けられています。
 同じパウ・ブラジルでも、サンパウロでは10月ごろに満開を迎えますが、赤道に近いペルナンブッコ州では3月から5月ごろに花が咲くということです。

 かつてブラジルの大地を覆っていたパウ・ブラジルの木がよみがえり、ブラジルの身近な場所でパウ・ブラジルのお花見ができる日が訪れるのを願って、パウ・ブラジル基金や大浦さんのような個人が、種子の実った時には地道な植樹活動を続けられています。 


10月にサンパウロ市近郊の私邸の農園で満開となったパウ・ブラジル(61年前に植樹)

10月にサンパウロ市近郊の私邸の農園で満開となったパウ・ブラジル(61年前に植樹)


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