オランダ

オランダ:アムステルダム

フリードリヒス カオル

職業…フリーライター

居住都市…アムステルダム市(オランダ)

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オランダ王室出身・ヨハン・フリーゾ王子が、2月17日(現地時間)、訪問先のオーストリア・チロル地方のスキー場で雪崩に遭遇、救出されたものの重態という事態に国民は動揺しています。


ヨハン・フリーゾ王子は、ベアトリス女王の次男に当たります。王室内でもかなりの秀才で、デルフト工科大学卒業後、カリフォルニア大学バークレー校へ留学し、その後、ロッテルダムにあるエラスムス大学において経済学を修了しています。彼の名を一躍有名にした(?)のは、その婚約・結婚でしょう。
なぜかというと彼は、婚約・結婚のために王位継承権を放棄した人物なのです。つまり、王位をかけた恋をし、恋を選んだというわけです。


結婚式にて(写真提供:Spits)

結婚式にて(写真提供:Spits)

王子が婚約発表したのは、2003年の夏でした。前の年には、彼の兄であるアレクサンダー王子がマキシマ妃と婚約・結婚したこともあり、弟であるフリーゾ王子も続いて婚約!というニュースに国民は沸きかえりました。ところが・・・。彼が、人生のパートナーに選んだのは、オランダ人の一般女性・メイベル・マルティナ・ウィッサ・スミットだったのです。王子と一般女性の恋に世間の注目が集まったのはいうまでもありません。しかし、それだけではありませんでした。


アムステルダム大学にて経済学及び政治学を学び、非常に優秀な成績を収め、大学生時代から英語、スペイン語、そしてフランス語を流暢に操る才媛だったメイベル女史。大学卒業後は、かつてから興味を持っていた人権問題に取り組むようになり、オランダに於ける戦争孤児を助けるためのチャリティ団体War Child Nederlandsの設立者の1人にもなっています。ところが、メイベル女史はかつて、犯罪組織とつながりのある人物の恋人だったことが発覚したのです。フリーゾ王子は、それでもメイベル女史を配偶者にと切望。王室の人物が婚約・結婚をする場合は、議会と政府双方の承諾が必要ですが、この恋を貫くため、彼は当時の首相バルカネンデ氏に承諾を請う手紙をしたためました。しかし残念ながら世論の反対も強く、承諾を得ることは出来ず、王子は王位継承権を捨て、「ただの王室メンバーの一員」となることで、晴れてメイベル女史と婚約・結婚したのでした。


最初は、この婚約・結婚にあまり賛成していなかった国民たちも、王子が王位を捨てて恋を貫いた勇気に拍手を送る結果となりました。今や、国民から絶大なる人気を得たフリーゾ王子とメイベル妃。結婚後、2人の子供たちと一緒にロンドンで静かに暮らしていた王子の回復を、国民たちは今、心から祈っています。
【追記】事故から1週間以上が経過しましたが、残念ながら、王子が今後、意識を取り戻すことは非常に難しいという見解が病院の医師団から、2月25日付けのニュースで報道されました。


【訂正】
2012.2.25
メイベル女史はベルギー人ではなく、オランダ人の間違いでした。お詫びして訂正いたします。


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